大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島高等裁判所 平成4年(ラ)16号 決定

抗告人 村上武

相手方 村上雅子

主文

一  原審判を取り消す。

二  本件婚姻費用分担の申立てを却下する。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙(一)〈省略〉記載のとおりである。

二  相手方の答弁及び反論

本件抗告の趣旨に対する答弁及び抗告理由に対する反論は別紙(二)〈省略〉記載のとおりである。

三  当裁判所の判断

1  抗告理由第一点について

一件記録によれば、次の事実が認められる。

(一)  抗告人と相手方は、昭和51年5月挙式のうえ同居生活を始め、抗告人が帰化した同53年10月26日に婚姻の届出をした夫婦であるが、二人の間には長女理美(同52年3月18日生)がいる。

(二)  抗告人は、昭和52年10月、同人の母親が経営している株式会社○○飯店を継ぐため、相手方とともに○○市に転居した。

(三)  抗告人は、○○市に転居してから、生活が次第に派手になり、他の女性とも交際するようになった。他方、相手方は、結婚当初から、事あるごとに東京の実家に帰りたいといって抗告人を困らせることが多く、抗告人はこのような相手方についていけないものを感じるようになり、両者の間の溝は深まっていった。こうするなか、抗告人は、昭和60年ころから、仕事の都合と称して他にマンションを借り、他の女性と男女関係を結ぶなどして、自宅に帰らない生活を続けた。抗告人は、このような生活を反省し、相手方との生活をやり直すべく、昭和62年10月、○○市の○○町にマンション(以下「本件マンション」という。)を借り、相手方及び長女との同居生活を開始したが、これも長続きしなかった。結局、抗告人は、同63年1月2日、本件マンションを出、以後、抗告人と相手方及び長女との別居生活が続いている。

(四)  別居生活が始まってからの相手方らの生活費は次のようなもので賄われてきた。すなわち、相手方は、抗告人の母親から月額約25万円を受領していた他、時々○○飯店の手伝いをすることにより月額4ないし5万円の収入を得(但し、○○飯店からの収入は昭和63年8月ころまで)、これらを生活費に充てていた。そして、本件マンションの住居費は抗告人側で負担していた。

(五)  ところで、抗告人は、相手方との間の婚姻関係を解消するため、平成元年3月、離婚調停の申立てをしたが、4500万円余の支払いを要求する相手方との間で条件が折り合わず、同年10月31日、右調停は不調に終わった。

抗告人は、その後も相手方と離婚について話し合い、平成2年3月19日ころ、離婚給付として2000万円支払うこと(但し、1500万円は即時支払い、500万円については分割払い)を条件に、離婚することに合意した。そこで、抗告人は、翌3月20日、右合意に従い、相手方に1500万円を支払い、相手方から同人が署名押印した離婚届を受領した。抗告人は、3月22日ころ、区役所に離婚届を提出しに行ったところ、相手方が離婚届を受理しないで欲しい旨の申出書を提出していたため、離婚届を受け付けてもらえなかった。抗告人が、相手方に不受理申出書を出した理由を質したところ、相手方は、親に相談したところ、離婚給付額として2000万円の支払いでは安すぎるといわれ、自分も確かに安すぎると思い翻意した旨答えた。抗告人は、相手方に対し、離婚しないのであれば、前記1500万円を返すよう要求したが、相手方はこれに応ぜず、右1500万円を自分で管理し、生活費の一部として使用している。

(六)  そこで、抗告人は、相手方において前記1500万円を使用していることなどを考慮し、平成2年6月以降は、本件マンションの住居費(月額13万5000円)、長女の授業料、P・T・A会費は従前どおり抗告人側で負担するものの、これまで支払っていた月額25万円については長女の養育費として月額8万円(抗告人の母親が支払っている長女の塾代を含めれば月額11万5000円となる。)を支払えば十分と考え、右額に減額した。相手方は、これを不満として、平成2年8月28日、婚姻費用分担調停を申し立てた。これが、本件である。これに対し、抗告人は、平成2年9月、相手方に対し、離婚請求訴訟を提起し、右事件は現在○○地方裁判所で係争中である。

(七)  なお、相手方は、健康な女子であるが、昭和63年9月以降は仕事に従事しておらず、長女は平成3年7月以降は、東京で相手方の祖母と生活している。したがって、相手方は、現在、本件マンションで一人で生活しており、仕事に就くことに何らの支障もない状況にある。

以上の認定事実を前提に、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担請求の当否について検討する。

民法760条の婚姻費用分担の制度の趣旨は、婚姻関係が破綻した状態に至った場合においても、離婚するまでの間は、婚姻した者の責任として、同法752条の趣旨に照らし、これまで婚姻費用を分担していた夫婦の一方に対し、他の一方及び未成熟子が生活を維持していくのに必要な生活費を分担させるのが相当との考えによるものと解することができる。そうすると、夫婦が別居し、現在離婚訴訟中であっても、これまで、婚姻費用を分担していた夫婦の一方は、原則として、他の一方及び未成熟子が生活を維持していくのに必要な生活費を分担する義務があるというべきである。しかし、夫婦の他の一方及び未成熟子の側で、これまで婚姻費用を分担していた者から生活費等の支給を受けなくても生活を維持していくことができるような特段の事情が存在する場合、例えば、夫婦の他の一方及び未成熟子側で多額の預貯金を有し、これを自由に使用することができる場合、あるいは、一旦は離婚の合意ができ多額の離婚給付金の支払を受け、これを生活費に使用することができるような場合には、前記婚姻費用分担の制度の趣旨、当事者間の具体的衡平の観点に照らし、これまで、婚姻費用を分担していた夫婦の一方は、婚姻費用を分担する必要はなくなると解するのが相当である。

これを本件について見てみるに、(一)相手方は一度は抗告人との離婚に同意し、離婚届に署名押印したうえ、1500万円の支払いを受けながら、急に翻意して、離婚届の不受理申出書を出していること、(二)抗告人と相手方との間の婚姻関係は既に破綻しており、要は、離婚するに当たっては、離婚給付金として2000万円の支払いで十分とする抗告人と、それ以上でなければ、これに応じることができないとする相手方との間の条件面の争いが残されているだけと思料されるところ、そうだとすると、すでに、抗告人から相手方に支払われている1500万円については、抗告人において、相手方に返還を求める法的根拠があるかどうかについて疑問があること、(三)右1500万円は、離婚の翻意後も抗告人に返還されることなく、相手方において管理し、生活費の一部として使用していること、(四)右1500万円の受領及び右金員の生活費の一部としての費消は、後日予想される離婚の際の慰謝料、財産分与額等を決定する際の事情として考慮すれば足りること、(五)相手方の生活状況、健康状態等に照らすと、前記1500万円の受領によって、相当の期間、相手方及び長女の生活を維持していくことができると考えられることなどの諸事情、とりわけ、相手方において多額の離婚給付金を受領し、これを自由に生活費として使用し、また今後も使用できる状況にあることを考慮すると、抗告人には、婚姻費用を分担する必要がないとの特段の事情があると認めるのが相当であり、この点を指摘する抗告人の抗告理由第一点は理由がある。

2  結論

以上の次第で、相手方の抗告人に対する婚姻費用分担請求はその余の点について判断するまでもなく理由がなく、これを却下すべきところ、これを認容した原審判は不当である。よって、原審判を取り消し、本件婚姻費用分担の申立てを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 山田忠治 裁判官 佐藤武彦 難波孝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例